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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4350号 判決 1974年12月19日

原告 岡田信次郎

被告 安達幸次郎

主文

被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和四八年六月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金四〇万円及びこれに対する昭和四八年六月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は弁護士である。

2  原告は、訴外中川典子から東京都北区志茂二丁目四〇番地、家屋番号同町四〇番、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗、床面積二三・九六平方メートル(七・二五坪)を賃借して使用していたところ、昭和四一年一一月ごろ同人から右店舗の明渡請求訴訟(東京北簡易裁判所昭和四一年(ハ)第三七六号事件)を提起されたので、そのころ被告に対し、右事件の訴訟代理を委任した。

3  右事件について、昭和四五年三月一三日請求認容(本件原告敗訴)の判決の言渡があり、同月二六日その正本が被告に送達された。

4  そこで原告は同年四月一日訴外西村昭弁護士に対し、控訴の訴訟委任をした。

5  西村弁護士は、被告事務所に電話で判決送達の日を問合わせたところ、被告の被用者として被告事務所において業務に従事中の女子事務員某が応待に出て、不注意から同年三月二七日と誤つた答えをしたため、これを軽信した西村弁護士は同年四月一〇日が控訴期間の最終日であると誤信し、同日東京地方裁判所に控訴状を提出した。

6  右控訴は、期間徒過の理由で却下され、西村弁護士は原告のため上告を提起したが、棄却されて、第一審判決が確定した。

7  結局、原告は、判決送達の日を誤つて伝えた被告の女子事務員某と、これを軽信した西村弁護士との両者の過失により、不法に、前記敗訴判決に対する不服申立の途をとざされ、前記店舗を明渡すことになつた。法律の専門家である被告らに一切を委せながら信頼を裏切られた原告の精神的苦痛は甚大である。被告は女子事務員某の使用者として、原告に対し慰藉料七〇万円を、西村弁護士と連帯して支払う義務がある。

8  よつて原告は被告に対し、右慰藉料七〇万円から西村弁護士より弁済を受けた三〇万円を控除した残金四〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四八年六月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因一ないし3の事実は認める。被告が訴訟委任を受けたのは昭和四一年一二月ごろである。

2  同3ないし6の事実は知らない。

3  同7の事実は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  同4、6の事実及び同5のうち西村弁護士が原告主張の日に東京地方裁判所に控訴状を提出した事実は、成立に争いのない甲第五、六号証及び証人岡田美代の証言によつて認めることができる。

三  証人岡田美代の証言及びこれによつて成立を認める甲第三号証によると、昭和四五年四月一日原告から訴訟委任を受けた西村弁護士は、控訴期間確認のため、直ちに東京北簡易裁判所に判決送達の日を電話で照会したが、送達報告書未着のため不明とのことであつたこと、そこで同弁護士は被告の法律事務所に電話で問い合わせたところ、被告の被用者として同事務所において業務に従事中の女子事務員某が応待に出て、被告が不在のため、自分で判決受領の日を調べ、判決受領の日は同年三月二七日である旨の誤つた返答をしたこと、西村弁護士が控訴期間満了の翌日に控訴状を提出したのは、この返答を軽信し、他になんら調査、確認の手段をとることなく、控訴期間の最終日を右控訴状提出の日と誤信した結果によるものであることが認められ、被告本人尋問の結果によると、前記女子事務員が右のような誤りを侵した原因は、被告が送達書類の受領場所を被告の所属する東京弁護士会としていたために、前記判決も同年三月二六日同弁護士会に送達せられ、被告事務所にはその翌日に届いたところから、誤つて被告事務所に届いた日を答えたことによるものと推認することができる。

ところで、第一審の訴訟委任を受けた弁護士は、控訴審の訴訟委任を受けた他の弁護士からの照会に応じて、敗訴の第一審判決の送達を受けた日を回答する場合、右送達のときから控訴期間が進行を始めることに鑑み、控訴期間満了の日の判断を誤らせ、控訴期間の徒過により適法な控訴の途を失わせるようなことがないように、十分調査のうえ、送達の効力を生じた日を正しく回答すべき注意義務があり、この義務は、特段の事情のないかぎり、弁護士事務所の女子事務員についても同様であると解するのが相当である。本件の場合、前認定の事実によると、被告の前記女子事務員がこの注意義務を怠つたことは明らかであり、そのことと原告が控訴期間徒過により適法な控訴の途をとざされたこととの間には相当因果関係があるというべきであるから、このために原告に生じた損害につき、被告は右女子事務員の使用者として賠償の義務を免れないものといわねばならない。

四  証人岡田美代の証言によると、原告が適法な控訴の途をとざされたために精神的苦痛を受けたことは明らかである。そして、(イ)同証人の証言によると、原告が前記判決により明渡しを命じられた店舗の敷地の更地価格は三・三平方メートル当り五〇万円を下らないことが認められ、これによると右家屋の面積二三・九六平方メートルの底地部分の更地価格は三五〇万円を下らないこと、(ロ)成立に争いのない乙第一号証(甲第一号証はその写)によつて認められるとおり、前記判決において、原告が支払を命じられている右店舗の賃料相当損害金の額は一か月三、三〇〇円の割合であること、(ハ)証人岡田美代の証言及びこれにより成立を認める甲第四号証によつて認められるとおり、原告は昭和四七年一二月二二日西村弁護士から示談金三〇万円の支払を受けることによつて、同弁護士とは示談解決をしていること、(ニ)その他前認定の諸事情及び本件記録に顕われた諸般の事情を総合すると、原告の前記精神的苦痛に対する慰藉料の額は五〇万円をもつて相当とする。このうち三〇万円については、西村弁護士から示談金として受領ずみであることは右に認定したとおりである(原告も自認するところである。)から、被告は残額二〇万円についてなおこれを支払うべき義務があるものというべきである。

五  以上のとおりであるから、原告の請求は、慰藉料残金二〇万円及びこれに対する履行期後であり、かつ訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四八年六月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、これを認容すべきであるが、その余の部分は理由がなく、失当として棄却を免れないところであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

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